計画地は世代交代などにより庭付きの宅地の細分化が進む住宅地にある。建主は料理に集中出来る台所と、落ち着きが感じられる住宅を望んでいた。
近隣の間口が狭く奥行きが長い区画には北側から等しく斜線制限がかかり、通りには定められたように片流れ屋根の家々が並ぶ。この敷地も例外ではなく、密集化が進む住宅地で街と住宅の距離感や関係性をどのように結ぶかが課題であった。
そこで、道路側に前庭を設ける建物配置とし、アプローチ空間として街と住宅の距離を保ち、この街で失われつつある庭木が作る街並みを引き継ぐ役割を託した。
街と繋がる、街から遠く離れた静かな場所
1階に個室と水回りを、2階に居間・食堂・台所を配置し、階段は道路から最も遠い位置に計画した。街から長い距離を歩き抑揚のある空間体験を経て辿り着くそれぞれの居場所は、窓を通して再度街に繋がる。
これは密集地において街と適切な関係を結ぶためには、一度街から遠く離れた静かな場所を作る必要があると考えた結果である。街から離れた居場所を再び街に繋ぐことにより、街と住宅はより奥行きと拡がりを持った関係を結ぶことが出来る。
片流れ屋根がつくる気積と居場所
敷地形状と斜線制限導く片流れ屋根を所与のものとして受け止め手がかりとしつつ、同時に周辺の住宅とは全く異なる空間体験の実現を試みた。
片流れ屋根がつくる最大の気積を感じられる断面構成とし、2階においては1.8m~3.6mという2倍もの天井高さの変化と、異なるスケールによる居場所を作り出した。
建築と家具を繋ぎ空気感をつくるディテール
この住宅のさまざまなディテールは、建主が所有する日欧のモダンヴィンテージ家具の特徴や存在感に呼応する形で生まれた。アールを描く平面や断面は、視線や動線を導き、空間の繋がり/隔たりを強調し、光の存在を顕在化する多義的な役割を持つ。また、建築と家具という異なるスケールのものを繋ぐとともに、どこにいても同じひとつの建築の中にいるのだという実感を確かなものにする。
「静けさ」がもたらすもの
建築がもたらす「静けさ」とは、単に音響的な概念ではなく、時間や空間に関わる概念である様に思う。「静けさ」を感じさせる建築は、過去や未来といった時間の概念を超えて「今」という瞬間と、他ではない「ここ」に意識を向かわせる力をもち、人が独りであることを肯定し包み込み。
どうすれば、そのような質が伴う建築を実現することができるのか、常に模索しているが、とくにその重要性を再認識した仕事となった。